好去好来歌 山上憶良
神代より言ひ伝て来(く)らくそらみつ倭の国は
皇神(すめかみ)の厳(いつく)しき国言霊(ことたま)の幸(さき)はふ国
と語り継ぎ言ひ継がひけり今の世の人もことごと
目の前に見たり知りたり人さはに満ちてはあれども
高光る日の朝廷(みかど) 神ながら愛での盛りに
天の下奏(まを)したまひし家の子と選びたまひて
大命(オホミコト) 戴き持ちて唐(もろこし)の遠き境に
遣はされ罷りいませ海原の辺(へ)にも沖にも
神づまり領(うしは)きいます諸々の大御神たち
船の舳に導きまをし天地の大御神たち
倭の大国御魂(みたま) 久かたの天のみ空ゆ
天翔(あまかけ)り見渡したまひ事終り帰らむ日には
又更に大御神たち船の舳に御手うち掛けて
墨縄を延(は)へたるごとく阿庭可遠志値嘉(ちか)の崎より
大伴の御津の浜びに直(ただ)泊(は)てに御船は泊てむ
障(つつ)みなく幸くいまして早帰りませ
好去好来の歌一首(原文)
神代欲理云傳久良久虚見通倭國者皇神能伊都久志吉國言霊能
佐吉播布國等加多利継伊比都賀比計理今世能人母許等期等目前尓
見在知在人佐播尓満弖播阿礼等母高光日御朝庭神奈我良愛能盛尓
天下奏多麻比志家子等撰多麻比天勅旨反云大命戴持弖唐能
遠境尓都加播佐礼麻加利伊麻勢宇奈原能邊尓母奥尓母神豆麻利
宇志播吉伊麻須諸能大御神等船舳尓反云布奈能閇尓道引麻遠志
天地能大御神等倭大國霊久堅能阿麻能見虚喩阿麻賀氣利見渡多
麻比事畢還日者又更大御神等船舳尓御手打掛弖墨縄遠播倍多
留期等久阿遅可遠志智可能岫欲利大伴御津濱備尓多太泊尓美船播
将泊都〃美無久佐伎久伊麻志弖速歸坐勢
山上憶良は私の好きな万葉歌人です。憶良自身702 年(大宝2)遣唐使随員として入唐、707 年ごろ帰国しています。この歌は天平五年(733)に難波の津を出発、これから遣唐使として出かける、ますらお等に向けた雄雄しく励ます歌なのです。憶良が亡くなる前年と言われています。
私はこの歌を声を出して読みあげるとき、万葉の響きが伝わってくるように思えるのです。五(又は四)七五七で流れていく音が優雅で力強く、日本語ってこんなにも美しいのかと心を動かされるのです。そして歌の内容がまた、私たちの住んでいるこの日本は、とても厳粛で神々の住む守護のもとにあるということなのです。
遣唐使で唐に渡る人々は今でいう教養のあるエリートたち、人柄も優れた人たちでした。遣唐使はそれこそ、命がけの船旅であり、戻ることができなかったものも多かったのです。大命を帯びて出かける人々が、行きも帰りも守られて大命を果たして帰路に着くときにも、つつみなくさきくいましてはやかえりませ、と心からの願いを込めて歌いあげるのです。私はこの思いと言葉とを、子供たちに夫にと、ふとささやいているのです。
byみちこ